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独り尊いと言う事は、俺もお前も、私も貴方も、総ての人々が尊いと言う意味です。

 つまり、天上天下のこの世の中で、「ただ我が、独り尊い」のです。
 ですから親は、吾が子の成長を願って、四月八日の釈迦の誕生日には、唯我独尊のお姿を花でくるみ、甘茶を掛 けてお祭りしました。
 なぜなら、吾が子もまた、天上天下唯我独尊の子だからです。
 これが日本の常識でした。

 生まれたばかりの赤子には、自我が有りません。赤子の我は、真我と言う無心の我です。
 以上の意味が「天上天下唯我独尊」の、素朴な日本人の常識でした。

自我(二)

 ところが、「唯我独尊」の、人間の実態を見直してみると、人は生まれ堕ちると同時に、真我に小我が芽生え、赤子にも自我が固まって行きます。

 するとこの世の中の有りとあらゆる物に意味が生まれ、善だ悪だ、美だ醜だと価値が付けられ、損だ得だと争いが 始まり、幾千年、幾万年の長きに渡って、人々は戦いを繰り返し、大量の血を流して今日に到りました。この間の不 幸や損害は、自然界の、災害の比では無い、オドロオドロシイ限りです。

 それでもまだ、人間は目覚る事が出来ません。

 なぜなら、自我が人間だからです。


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