短歌百選「日歌」2006年5月〜2009年2月より
今日の日は初めて迎う今日ならむ見知らぬ朝の未知の始まり 1
大寒のそら動かざりモノクロの薄き影さえなき木立原 2
山笑う芽吹きの色のとりどりに初化粧する乙女のように 3
雪ぐもの切れて差し込む朝焼けの地平を染めて春萌(きざ)したり 4
ねむらざる冬のいのちの営みに秘めたる紅を咲かせむさくら 5
延命のカンフル剤となりにけり寒の戻りて花盛りなり 6
夢の中に舞う花びらのうつつにも霞みて散らむみ吉野の山 7
満作も菜の花も蒲公英も春の野原はまず黄色から 8
春の陽を集めて萌える連翹の花咲く道をランドセルゆく 9
しののめの雨の上がりてみどりなるパークロードは卯の花重ね 10
これでもかこれでもかとや降る雨の地球を洗うシャワーのごとし 11
人口の浜に立ちたるか風車(ざぐるま)南の風の吹いているらむ 12
悠然と暮れ行く富士に湖(うみ)光り底冷えてゆくカメラの放列 13
命なる手足もがれて所作のなし咲いて一輪なごやあさがを 14
生き延びて生き延びてきて美しき調和を見せむ雑草の苑 15
忽然と消えて更地になりにけり記憶をたどる手掛かりもなく 16
あの月の赤く輝くそのわけは地球の怒りを照り返すから 17
落葉の色づくままに散り降りて雨上がりの地に抽象絵画 18
マンションに行く手阻まれ抗いて風唸りをりビュルービュルルル 19
西風に向かいて登る坂道の向こうに極楽茜空あり 20
うす青の君の好みしあさがをの花咲きし野に種摘みにゆく 21
さざなみが緑の影を消してゆくはや夕映えてだ〜れもいない 22
ほろほろと枝垂れる萩の散り敷きて紫におう秋の夕暮れ 23
人ならず心が通う不可思議の通う心の有るぞ嬉しき 24
万感の死闘のあとのPKを外さしめたる悪魔の遊戯 25
置き忘れ無人の部屋に宇宙から呼んでるごとく携帯の鳴り 26
梅雨晴れて物憂いままに夕まぐれ饒舌になる吾も草木も 27
銀色に機体光らせジェット機の止まったような台風一過 28
三十年を越えきし夢のアパートのマンモスなればなお淋しけり 29
まん丸い紙ふうせんの朝の月浮かんだままに消えてゆくなり 30
今宵また悲鳴の上がるゴキブリの出でて哀しい、3億年ぞ 31
ふじ色に朝の誉れの清らなりただ一日のけふの始まり 32
きみどりの稲穂の海をかすめ飛びコサギはゆる〜く左旋回 33
むしゃむしゃと一心不乱に芋虫の変態前の夢見の時間 34
この国を子育ての地に選び来て枝垂れ桜に初つばめ飛ぶ 35
ヒバの枝打ち払われてキジバトの立ち尽くしたり朝のしじまに 36
うろうろと猫の居場所の定まらずとろけてしまいそうな猛暑日 37
人気(ひとけ)なき道に横とふ亡がらのセミよ命を全うしたか 38
吾(わ)の前に獲物見つけしトビ一羽急降下せり海岸道路 39
雲晴れて槍さす日差し屋根うえに焼かれて死するカマキリの子よ 40
斜向きでスキップしながら逃げていくいたずらっ子のハシブトガラス 41
自ずからアートとなりてセミの羽化見事な変身神秘の儀式 42
どん底を知りて心の読める犬の黙して交わすアイコンタクト 43
老いねこの足の先まで毛づくろう夏の終りのすろーもーしょん 44
テレビとは虚像をうつす玉手箱故障して知る邯鄲(かんたん)の声 45
キッチンに来る人ごとにすり寄りて駄目もとで鳴くギンの食欲 46
くず切りの黒みつ光りぬばたまの夜は開きてコオロギの鳴く 47
ひっそりとネコ横たわり長月の廊下で風を聞いているらん 48
さっきからりりりりりりと鳴く虫は耳介の中に住む草雲雀 49
数羽づつ向きを違えてトビの群れ数多の雲の不穏な空に 50
濃密な時を過ごして燕(つばくろ)の子育て二十日芍薬の花 51
喪中にて書かぬ年賀や枇杷の花淋しくもあり気楽でもあり 52
偏執の悪しきクセ持つ生き物の生み出すものをアートと呼ばむ 53
暮れなずむ空に浮かびてふわふわと春をなごりて心ただよふ 54
海馬なる記憶の神のいたずらに卒寿の母は乙女となりぬ 55
握る手にわずかに応える母の手の意外に太し 筍の旬 56
両耳に補聴器付けし老人のラジオのごとくしゃべり続けり 57
「飼慣らせ」と尼僧寂聴言い放つ心に棲みし孤独の虫を 58
グランドに獲物を狙うチ−ターの腰をかがめてにらむ白球 59
木版の髪一本を彫分ける神の手を生む江戸とふ奇跡 60
筋書きのなきオムニバスドラマ見せ入道雲の湧き立つシアター 61
耳鳴を聞きてたたずむ朝まだき遠くに蝉の声響(とよ)みをり 62
座るなり化粧を始む中年(ひと)のあり色あせながら咲く曼珠沙華 63
久々の破顔一笑暑気払い冷酒回りて美女溶解す 64
夜遅く食事を摂りし子の横で水割りそっと呑む三杯目 65
主役なるはほんの一部に過ぎずして君よ生きろよ我が道なるを 66
横向いて笑っているよな上弦の月にずう〜っと見られています 67
送れども音沙汰無しのEメール虚空の中に消えゆく思い 68
見えざらんものに魅せられ我がままに己貫き星になりたり 69
数多なる小さきものを幸せは集めてつなぐジグソーパズル 70
描かざるものこそ見えむ空白の余韻に潜む不思議なるもの 71
何にでもおの字を付ける歯科助手の「お風当てます」に歯の浮いてゆき 72
芳しきバナナのごとき分身のゆるりゆっくり流れゆく朝 73
薄切りの食パン二枚重ねたる「空気サンド」いう名の朝食 74
大樽に水の満ちたるごときなる何んにもしない満ちたりし午後 75
突然にビビアン・リーの現れりスカーレットの薔薇咲く夕べ 76
おおらかに昭和を生きた母に似て泰山木の花咲きにけり 77
萌えいずる五湖をめぐりて懐に抱かれてゆく富士の夕暮れ 78
居ながらに刻々変わる富士の貌今日も覗いてご機嫌いかが? 79
雑踏に紛れしままに夕暮れて都会が我を侵蝕しゆく 80
偏屈と呼ばれて心当たりなし種に毒持つエゴの花咲く 81
母逝きて高齢死なる診断書花丸三つ付けてやりましょ 82
父の日に不意を突かれてプレゼント無口な二人の息子よりあり 83
退職し学び再び次男坊急に背丈の伸びて六月 84
ひと筋の飛行機雲の拡がリてやるべきことのやれぬ吾あり 85
白壁のまぶしく返す半夏生北の窓辺に麻布を掛く 86
便利とは何か失う事なりきいまだケイタイ持たずに生きる 87
真夜中にひとり目覚めて大宇宙の真っ暗闇に半跏趺坐せむ 88
人生の先は長いと息子(こ)に言いて残り3割われ色づきぬ 89
病院のベッドに寝れば一晩で心身ともに病人となり 90
夜の更けて花盗人になりにけり一人で酌まむ薩摩焼酎 91
飼い猫に声を掛ければ先ず妻が返事を返す春遠からじ 92
なりわいの成すべきことのおろそかに秋の夕日の秒速で落つ 93
眼を閉じて風の奏でし音聴けば武満徹のタクト見えらむ 94
不機嫌にテレビを観てる子の顔に男の影の見え隠れせむ 95
ひさかたの光あつめて露草のいだきしつゆに明日が見えらむ 96
あかね色に暮れゆく空に浮かびたる雲になりたし流れるままに 97
お礼にと木通(あけび)をそっと差し出すはうす紫の老いらくの恋 98
抽斗に喜怒哀楽の種ありて明日はどの花咲かせましょうか 99
流れ来て流れ去りゆく必然に流されていく今日のはざまに 100
2009年7月吉日
♪短歌ブログ・・「游歌」 ★ |